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1時限目   文章は『シンプル・イズ・ベスト』が一番


文章をどのように書くかということについて記す前に、まずなぜ文章を書くかということについて考えてみたいと思います。

みなさんは、なぜ文章を書くのか、と聞かれればどのように答えますか? 「書くのが好きだから」、「小説家に憧れているから」、「自分でストーリーを作るのが楽しいから」…といろいろな理由があると思いますが、その根底にあるのは『思いを伝えたい』ということではないでしょうか。

三島由紀夫、川端康成、谷崎潤一郎、井上ひさし、丸谷才一。これらそうそうたる書き手すべてに共通していることといえば、彼らがみな日本語への強いこだわりを持っていることです。もちろん作家というのはただでさえ言葉への臭覚が人一倍鋭いですが、彼らの場合は特にそんなイメージを強く感じます。その証拠に、彼らはみな『文章読本』という名の著作を持ち、自身の文章作法を語っています。そんな数々の『文章読本』のなかから、今回は谷崎潤一郎の『文章読本』を取りあげてみようと思います。

谷崎は冒頭で文章には実用と芸術との差はないといい、そのうえで文章を書く心構えとして大切なことは、自分の言いたいことを易しい言葉を用いて書き進めていくことであると繰り返し説き、難しい言葉でひたすら書き連ねていく、もってまわったような言いかたで読者を煙にまくような文章は悪文にほかならないと断じています。

確かに、わざと難しい言葉を使って文章を書くという、困った種類の人間がいます。浴びるように本を読み、自分はちょっとした物知りで、まだほんの10代の子どもがその手のものを書いているのであれば、それはそれでなんだか微笑ましくもありますが、いい年をした立派な大人でも、平気で暗号のような文章を書く輩というのが実にたくさんいるのです。本の中でも、『いいたいことを明瞭に伝えることこそが文章の要であるのに、これではまったくあべこべである』と、谷崎はそんな書き手をやっつけています。

物を書くことの出発点は、こころの中のもやもやをひとつひとつ言葉に置きかえていくことで自分のなかで整理をつけていくことにありますが、人間というものは面白いもので、思いや考えというものを言葉にしていくうちに、書きあらわされたそれに対しての理解・共感を求める気持ちが必ず生まれてきます。また、それを誰かとシェアしたいと、つよく願い出すのです。

そんな願望を満たすためには、やはり谷崎のいうように、出来るだけ簡単な言葉を選び、読みやすい文章を書く必要があります。日記のように読者が自分ひとりに限定されている場合などはどんな文章を綴ろうが構いませんが、書かれたものが少しでもひとの目に触れる可能性があるのなら、読者の語彙やバックグラウンドというものが決して書き手と同じものではないことを考えあわせてみても、やはりやさしい言葉で綴っていくというのが物を書く上でのマナーなのです。

編集者からのワンポイント・アドバイス

この本は昭和9年に初版が刊行されましたが、21世紀を迎えている私たちでもすらすらと読みすすめることができます。それは、何よりも谷崎がやさしい言葉を用いて、自分の考えを述べているからにほかなりません。『シンプル・イズ・ベスト』そう説いた谷崎の主張の正しさは、本書の存在によってもまた証明されています。